福岡被災地前進支援: 2011年6月アーカイブ

 

6月10日 放送分

 

 

 

5月12 放送分

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ボランティア期間中、被災された方達とお話する機会がありました。

 

歌津(南三陸町)の自宅が津波で流されてしまった83歳女性 Aさん

 

現在、宮城県内の息子さんのお宅に避難されていました。

歌津の自宅では一人暮らし。畑いじりが趣味だったそうです。

「津波で、家も野菜も畑も、何もかも全部なくなった。」と一言。

津波の破壊力が伝わります。

 

 

 

歌津 コンクリート.jpg

歌津.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌津地区

Aさんはコンクリートの建物の屋上に避難して、津波から逃れることができました。 

 

 

 

幸いなことに、Aさんの息子さん達家族は皆無事。

しかし、地震発生から約3か月後に、息子さん(60代)が急性心筋梗塞で亡くなられた

そうです。

特に持病はなく、原因は、震災によるストレスではないかということでした。

 

「せっかく、津波から生き残ったのにね。いろいろ考え込んでたんだろうね。」

Aさんの目には涙が浮かんでいました。

 

亡くなった息子さんは漁師でした。

避難後から、ハローワークに毎日通い、就職先を探していたそうです。

しかし、60歳を過ぎた息子さんに就職先は見つからず。

 

被災された方達は精神的にとても追い込まれている状況です。

 

この日、Aさんは「震災後、今日は初めて笑った」と言っていました。

被災された方達の聞き手となり、精神面のケアもボランティアの重要な役割です。

 

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D1ケミカルは

福岡から被災地を応援したいという熱い思いが集結した 「福岡被災地前進支援」

       と一緒に被災地の復興を応援しています。

 

今回、5月30日~6月3日でD1ケミカルの女性スタッフが現地のボランティア活動に

参加してきました!

 

場所は南三陸町。

町は、ほぼ全壊。

人口約17000人の町で、現在死者と行方不明者を合わせて約1000人にのぼります。

津波発生から3カ月経つ今でも、南三陸町へ辿りつく交通機関は気仙沼からのバス(3本/日)しかありません。

車がないと身動きがとれない状況ですが、町の車はほとんど津波で流されています。

 

 

プリウス.jpg

津波 車 山.jpg

 

 

 

 

今回は、南三陸町のボランティアセンターでの活動に参加しました。

 

南三陸町 ボランティアセンター.jpg

 

活動は1日のみでも受け付けてくれます。

個人・団体どちらも可能です。

仕事内容は

写真の洗浄、写真の展示、子供のお世話、片づけ隊などいろいろあり、

希望することができます。

私は、男性陣に加わり、片づけ隊の活動をしてきました。

 

 

 

1日目

側溝の上に片づけられた瓦礫達の移動。

 

津波がれき.jpg

 

この倍の量の瓦礫を移動。

休憩時間以外は手を休めることなく、

汗流しながら黙々と働き、

さばける男性3人組の働きっぷりで約3時間くらいで片付きました。

瓦礫やごみは割と小さく砕けているため女性でも運べます。

 

 

2日目

側溝の泥かき

津波で町の側溝は泥がパンパンに詰まっていました。

 

泥かき.jpgこれでは、生活排水も流れませんし、

雨が降れば二次災害に繋がります。 

 

この作業、想像以上にきついです。

同じ動作を繰り返すため、非常に腰が痛い。

水分を含んだ泥は凄く重く、悪臭もしていました。

しかし、人の力で地道に泥を取り除くしかありません。

地味ですが、とても重要な作業です。

 

 

ちなみにこの写真の女性は、東京から一人で来て、テント生活をしていました。

女性のボランティアさんも頑張っています!

 

 

3日目

津波で半壊のSさん宅の片づけ

「リフォームしてまた住みたい」とオーナーが決断されたため、

リフォームできる状態まで片づけをしている途中経過です。

 

半壊

この家の二階まで津波がきていて

壁には水に浸かった跡がしっかり残っていました。

二階は床が抜けていてとても危険な状態です。

家の中のすべての物を運び出し、家の周りはゴミの山です。

家中に砂が溜まっているので、それをきれいに掃除し、そ

の後水圧洗浄機で流します。

そして、消毒剤をまいて、やっとリフォーム業者に引き継げるそうです。

 

まだまだ、家の周りもゴミが散乱していて、片づけには時間がかかりそうです。

 

 

こちらの家の前には10mくらいの丘があるため直接海は見えませんが、歩いて1km先は海です。

海からの高さもそんなにありません。満潮時で海抜5mくらいでしょうか?

奥さんに 「同じ場所に住むのは恐くないんですか?」と尋ねると

「恐いけど、海は憎めないねぇ。海と一緒に生きてきたからね。」と答えが帰ってきました。

生まれた時から何十年と生きてきた場所への住民の方たちの思いを大切にしながら、

復興を進めていくべきだと思いました。

 

 

H23年6月現在

東日本大震災から約3カ月が 経った今でも、町は瓦礫の山です。

 

 

うたちゃん橋.jpg

がれき山.jpg

 

 

 

 

 

 

 津波 家.jpg 津波 家 5.jpg

 

 

 

 

 

津波 家4.jpg

津波 家 6.jpg

 

 

 

 

 

 

津波 船.jpg

津波 船 2.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これでも、発生直後と比べると猛スピードで片付いてはいるそうですが、

現地の方達が住める状態になるまではまだまだ時間がかかります。

 

 

ボランティアの方達の文句一つこぼさず一生懸命がんばっている姿にすごく刺激を受けました。

皆さん、ちょっとでも被災者の方達の力になりたいとう思いで熱く燃えています。

GW以降、ボランティアの数も減っているそうです。

現地ではボランティアの方々の力を必要としています!

 

福岡被災地前進支援は福岡での活動だけでなく、今後も定期的に現地での活動をしていく予定です。

是非こちらのHPもご覧下さい☆

福岡被災地前進支援

http://fhs.diver-sion.com/

福岡被災地前進支援リーダーのブログ

http://shizendensyo.blog89.fc2.com/blog-category-8.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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